「オープンダイアローグとは」副作用のない精神病治療の驚くべき効果 斎藤 環

家族との対話 メンタルマネジメント

対話は手段ではない、それ自体が目的である。世界を住みよくする起点がそこにある。」

オープンダイアローグとは何か

オープンダイアローグとは何か

本日ご紹介する書籍は「オープンダイアローグとは何か」(斎藤環 著 医学書院)です。

本書は精神科医の齋藤環氏が統合失調症患者の治療におけるオープンダイアローグ(開けた対話)の驚くべき効果を解説する第1部と、オープンダイアローグを実践して治療を行なったフィンランドの精神科医セイックラ博士の論文を紹介する第2部とに分かれています。

統合失調症とは、代表的な精神障害のひとつで、いつも他人に監視されている妄想や、幻覚症状、感情や意欲の低下が起こる病気です。

100人に1人がこの病気を発症すると言われています。原因は明らかにされておらず、遺伝や対人的なストレスが関係していると指摘されています。

オープンダイアローグとは、投薬を行わず、対話の力だけで統合失調症を治す治療法です。

フィンランドではその有効性が認められ、患者は税金の補助により無料で治療を受けることができます。

その治療効果は絶大で、オープンダイアローグによる治療の臨床結果では、患者の入院期間は平均19日間短縮され、服薬を必要とした患者は35%に減少し、症状の再発率は71%から24%まで低下したとのデータがあります。

オープンダイアローグの特徴とルール

オープンダイアローグによる治療の特徴は以下の通りです。

・患者本人なしでは何も決めない
・発言を促す「ファシリテーター」はいるが意思決定する「議長」はいない
・治療者が話すことを患者は観察し、患者が話すことを治療者は観察する
・善悪二元論的な価値判断よりも傾聴と対話が重視される
・参加者に上下関係はなく完全にフラットである

ゴールは結論や合意ではありません。

それぞれの異なった理解をつなぎ合わせ、共有することに重きを置いています。

合意や結論はその過程でもたらされる副産物にすぎないという考え方なのです。

モノローグ(独自)をダイアローグ(対話)に

セイックラ博士は論文の中でこう語っています。

治療的な会話においては、何が癒す要素となるのだろうか。(中略)
対話を支える振る舞い、感情の分かち合い、コミュニティの形成、そして新たな共通言語をつくり出すこと。すなわち互いの感情の強い同調が会話のなかに現れた瞬間に、治療的変化が起きている。

対話を通じて患者の感情に同調すること、それ自体が治療となるとセイックラ博士は言います。

求められるのは結論ではなく、不確実なものへの耐性と、多様な意見を多様なまま受け止める姿勢です。

心が無防備にいちばん開いているとき

心が開かれている
Portrait of smiling female psychologist embracing African-American teenager during therapy session in support group, copy space

齋藤氏によると、統合失調症とは、ひとことで言えば「自分と他者の境界線があいまいになる病気」だと言います。

自分の考えていることが”だだ洩れ”になったり、他人の考えが容赦なく頭の中に入り込んでくるような、精神が過剰に開かれている状態です。

多感な思春期の青年がプライバシーゼロの状態で日々を過ごすのに近いでしょうか。

医学的観点では、身体のバリアとしての免疫機能が低下すると、感染症のリスクは高まるが、臓器移植はしやすくなるといいます。

他者に向けて開かれた状態では、「有害な」被害を受けやすくなる一方で、「有益な」ものの受入れも容易になるようです。

だからこそ、自分の感情が他人に理解され、自分は認められていると感じられたとき、患者の心に有益ななにかが染み渡るのでしょう。

たいせつなのは、相手に対して開かれた心(オープンマインド)で、相手の存在を受け止め、認めてあげることではないでしょうか。

オープンダイアローグによる治療を経験した46歳の女性は次のように話しています。

「今回は、1年前の発病と比べて、ずいぶん違う経験でした。以前の治療では、医師は私がどれだけおかしいことを言っているか指摘し、私はまるで、その場にいないかのように扱われました。今はすべてが違います。私はここにいるし、きちんと尊重されています。医者が夫と話しているのを聞くのが私は好きなのですが、夫が私に対していかに深い敬意を払ってくれているかがよくわかります。」

対話とはジャズの即興演奏である

クラシックのコンクールでは、譜面を弾き損なうミスタッチは減点の対象となります。

一方である演奏家が言うには、ジャズにはミスタッチは存在しないといいます。なぜでしょうか。

彼はこう続けます。

「うっかりコードと合わない音を弾いてしまったとしても、何の問題もありません。それがまた、新たな即興の始まりになるのだから。」


対話もそれに似ています。

間違った発言など存在しません。語らいの場を豊かにする資源のひとつなのですから。

オープンダイアローグによる治療の要諦は、患者を「病気の原因」や「治療すべき対象」と決めつけず、むしろ彼らを「回復の過程に必要な力を秘めたパートナー」と考える点にあります。

その考え方は、より生きやすく持続可能な社会を築くうえで、資本主義社会における弱者や、社会的マイノリティーへの対応にも通ずる点があるでしょう。

オープンダイアローグが、分断社会を照らす光明になるのではないでしょうか。

最後に感想となりますが、本書ではオープンダイアローグを治療に導入する場合の抵抗勢力についても述べられているのが面白いです。

もし、この治療法が統合失調症に対して有効であることが実証されれば、薬物療法一辺倒だった精神科医は自らの存在理由を見失うことになります。職場でのヒエラルキーもフラット化しますから、単に処方箋を書き、非同意入院を指示できるといった手続き上の理由だけで、他のいかなる職種よりも高い給与が支払われる現状を居心地悪く感じざるをえなくなります。そんな自分の首を絞めるような治療法が歓迎されるわけはありません。

世の中をより良い方向へと願っていても、変える難しさがここにあります。

しかし、そんなときこそ、世界はそれぞれの物語を持った70億の人間が回しているということを心に留め、対話する姿勢を忘れずにいたいものです。

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